聖書の説教

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Ⅱ列王記5:8-14「幼子のからだのように」(「弱さ」シリーズ⑧|宣愛師)新着!!

・・・・・・ナアマンは、自分の病気が治るためには「難しいこと」が必要だと思っていました。「一ヶ月断食しなさい」とか、「幻のキノコを見つけてきなさい」とか、そういう「難しいこと」が必要だと思っていました。そして、そういう「難しいこと」が自分にはできると思っていました。ところが預言者に言われたのは、「あそこにある川で体を洗ってきなさい」だけ。「そんなこと誰にでもできるじゃないか!」―――しかし、それこそがナアマンに必要なことでした・・・・・

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エペソ2:1-5「空中の権威を持つ支配者」(宣愛師)

・・・・・・山本七平という人が書いた『「空気」の研究』という有名な本があります。この本が論じているのは、日本人を支配しているのは、天皇でも法律でもなく「空気」だ、ということです。この国では、その場の「空気」に従うことが何よりも優先される。だから、「空気が読めない」人間は排除される。……なぜ日本人は「空気」に支配されるのでしょうか。山本七平によれば、日本には“絶対的な神のことば”が存在しないからです・・・・・

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ヨハネ13:36-38「しかし後には」(まなか師)

・・・・・・ある時点では、私たちには分からないこと、できないことがあります。でも、それでいいのです。「しかし後には」という約束が与えられています。イエス様がどんなお方か、私のために何をしてくださったのか、どんなふうに私を愛してくださったのか、分かるときが来ます……私たちは、イエス様が私たちを変えてくださるという、確かな約束の中を生きているのです。だから、今はついて行けなくても、「しかし後には」という約束に信頼して、少しずつ、イエス様について行く練習をすればよい・・・・・・

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エペソ1:20-23「すべてのものを満たすキリスト」(宣愛師)

・・・・・・ある人が、こんな正直な思いを話してくれました。「私が教会に通っているのは、不真面目な友人たちよりも正しい人間になれるような気がするからです。」この人にとって教会とは、正しい人間、優れた人間という、社会的な評価を達成するための手段だったのかもしれません。……しかし、教会はキリストが「満ちておられるところ」です。キリスト以外の何かで満たされたいなら、教会以外にもっと良いところがあるでしょう。教会の外での競争や小競り合いを、教会の中に持ち込むことはできません。社会の評価、親や友人からの評価、そのような願望を教会で満足させることはできません・・・・・

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ヤコブ5:13-16「弱さを祈ってもらえる強さ」(「弱さ」シリーズ⑦|宣愛師)

・・・・・・誰かの罪のために一緒に祈ったことはあるでしょうか。もし私たちにそのような経験が少ないとすれば、それはなぜでしょうか。なぜ私たちは、誰かの罪の告白を聞くことが少ないのでしょうか。私たちの家族はなぜ、私たちの友人はなぜ、日常のちょっとした困りごとなら相談してくれるのに、人生の根本的な問題である罪については相談してくれないのでしょうか。それは、私たち自身が、自分の罪を告白せずにやり過ごそうとしてきたからかもしれません・・・・・

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ヨハネ13:31-35「互いの間に愛があるなら」(まなか師)

・・・・・・誰かに親切にしてあげたり、誰かを助けてあげたりしても、感謝されなかったり、むしろ迷惑がられたりするかもしれません。思っていたような結果にならなくて、自分が傷つくこともあります。裏切られたと感じることもあると思います。そうすると「裏切られるくらいなら、最初から愛さなければいい」「傷つくくらいなら、最初から近づかなければいい」と思ってしまうかもしれない。でもそんなときは、イエス様の姿を思い出したらいいのです。裏切られて傷つくことがあっても、「私もイエス様と同じ栄光を頂いたのだ」と思っていいのです・・・・・・

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矢田紫野師「キリストのからだ」(エペソ1:23)

※本日の日曜礼拝では、矢田紫野先生が説教をしてくださいました。

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エペソ1:15-19「聖徒たちが受け継ぐ栄光の望み」(宣愛師)

・・・・・・心の目がぼやけていると、目の前の小さな望みしか見えません。「平穏な人生が送れますように」とか、「周りの人から評価されますように」とか、「教会の人数が増えますように」とか……。しかし、私たちに与えられたのは、もっともっと偉大な望みです。ユダヤ人とギリシア人が、黒人と白人が、日本人とフィリピン人が、キリストにあって一つになる。人種の壁を越えて、すべての聖徒たちがともに御国を受け継ぐ。これこそが教会の望みであり、栄光であり、使命です・・・・・

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Ⅰペテロ3:7「弱さを理解する人の祈り」(「弱さ」シリーズ⑥|宣愛師)

・・・・・・先日、妻が困った顔でスマホの画面を見せてきて、「この人にどう返事したらいいかな?」と相談してきました。ただ、その時の私は体調があまり良くなく、バイブルスタディの準備もしなければならなかったので、「自分で考えたらいいんじゃない?」と冷たく対応してしまいました。別の部屋に移動した私は、「神さま、このあとのバイブルスタディでどう語るべきか教えてください」と祈りました。そこではっと気付かされたのは、「妻の願いを聞こうとしない自分の祈りを、神さまが聞いてくださるはずがない」ということでした・・・・・

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エペソ1:11-14「"私たち"を広げる聖霊の助け」(宣愛師)

・・・・・・ 「私たち」と「あなたがた」を分けるパウロの言い方に、私は最初、ちょっと嫌な印象を持ちました。もし私がRに、「僕たち日本人はこうだけど、君たちフィリピン人はね……」みたいな言い方をしたら、ちょっと嫌な感じがします。「私たち」と「あなたがた」なんて区別せず、最初から皆で一緒に「私たち」と言えばいいじゃないか。しかしその一方で、なんでもかんでも「私たち」という言葉で一括りして良いのだろうか、とも思うのです・・・・・

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