礼拝式次第

聖書の説教
ルカ10:38-42「黙想」(礼拝式シリーズ⑫|宣愛師)新着!!

・・・・・・もともとはマルタも、妹がイエス様の話を聞くことを喜んでいたのではないかと思います。イエス様の弟子となった妹の姿を見て、「すごい、これが神の国なんだ」とワクワクしていたのだと思います。「神の国では、女性が差別されることもない。身分の低い人が蔑まれるようなこともない。こんなにすばらしい神の国のために、私も何かお手伝いがしたい。」……しかし、最初は喜んでおもてなしの準備をしていたマルタも、忙しさの中で、慌ただしさの中で、次第に苛立ちが募ってくるのです。そしてついに、イエス様に文句を言ってしまう・・・・・

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Ⅱコリント13:11-13「祝福・後奏」(礼拝式シリーズ⑪|宣愛師)

・・・・・・祝福の反対は「呪い」です。呪いとは、存在を否定することです。「邪魔だからあっち行って」「あの人さえいなければいいのに」「マジで消えてほしい」―――学校の教室で、職場で、SNSの世界で、そして時には家庭の中でさえ、存在を否定する呪いの言葉が飛び交うのです。……だからこそ私たちには、「あなたがいてくれて嬉しい」という祝福が必要なのです。祝福とは、単なるきれい事ではありません。いのちに関わる一大事です。生きるべきか死ぬべきか。生まれてきて本当に良かったのか・・・・・

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ローマ11:33-36「頌栄」(礼拝式シリーズ⑩|宣愛師)

・・・・・・〈神は、すべての人を不従順のうちに閉じ込めましたが、それはすべての人をあわれむためだったのです。〉―――パウロはかなり危険なことを言っていると思います。まるで、「神様がすべての人に罪を犯させたのだ」と言っているようなものです。もちろんパウロはそう言いたいわけではありません。私たち人間が罪を犯すのは神様のせいではありません。しかしパウロは、そうやって私たちが犯す罪さえも、神様は神様のご計画のために用いてくださるのだと言いたいのです。ユダヤ人もギリシャ人も、アメリカ人もイラン人も、日本人も韓国人も中国人も、神はすべての人を罪に閉じ込めた・・・・・

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ヤコブ1:19-25「応答」(礼拝式シリーズ⑨|宣愛師)

・・・・・・ところが、「自分はみことばをちゃんと聞いているのに」という怒りが湧いている時、私たちは実は、聞いているようで聞いていないのです。みことばを「聞く」ということは、なによりもまず自分へのことばとして「聞く」ということです。それなのに、聖書を読んでいる時に、自分ではない誰かのことばかり考えている。「聖書にはこう書いてあるのに、どうしてあの人はあんな生き方しかできないんだろう」と、人をさばきながら聖書を読む。説教を聞いている時にも、「おお、この説教はまさにあの人のことだ。これを聞けばあの人も悔い改めるに違いない」と思って、礼拝堂の中でちらっとその人のほうを見てみたりする・・・・・

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ネヘミヤ8:1-12「聖書朗読・説教」(礼拝式シリーズ⑧|宣愛師)

・・・・・・エズラ記ではまず、エルサレムの神殿が再建されます。続くネヘミヤ記の前半では、エルサレムの城壁が再建されます。しかし、なんだかうまくいかないのです。せっかく建て直した神殿には、神様のご栄光が現れない。せっかく建て直した城壁の内側も、人間の罪や争いで満ちている。私たちも同じです。立派そうな見た目をしていても、その内側には様々な問題がある。醜い罪や争いがある。そんな危機的な状況で、イスラエルの人々が求めたのは、神のことばでした・・・・・

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Ⅱコリント9:6-15「献金・感謝祈祷」(礼拝式シリーズ⑦|宣愛師)

・・・・・・「ありがとう」の対義語は何か、という話を聞いたことがあります。「ありがとう」の対義語は「あたりまえ」だと。仕事に行けて当たり前。家族や友達がいて当たり前。学校に行けて当たり前。暖かい布団で眠れて当たり前。でも、それが決して当たり前ではないと気づく。以前、あるカルト宗教の被害にあった方のお話を聞きました。その人はやっとの思いでそこから抜け出したのだけれども、「神様を裏切った自分は地獄に落とされる」という恐怖で悪夢にうなされ続ける。私はその人の話を聞いて、「神様に愛されている」「十字架によって赦されている」と安心して生きられることが、全く「あたりまえ」ではないと知りました・・・・・

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創世記3:1-6「暗唱聖句」(礼拝式シリーズ⑥|宣愛師)

・・・・・・蛇の誘惑は突然やって来ます。人生の重要な選択を迫られるとき、取り返しのつかないほどの罪の誘惑に迫られるとき、「聖書にはなんて書いてあったっけなあ」と本棚を探している暇はありません。「神様は私のことなんてどうでも良いのだ」「もう私の人生はおしまいだ」「生きている意味なんてない」と諦めそうになるときがあります。牧師の言葉も、友人の慰めも、届いてくれない夜があります。そんな夜にあなたを支えてくれるのは、あなたの心に刻まれたみことばだけです・・・・・

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Ⅰテモテ2:1-6「牧会祈祷」(礼拝式シリーズ⑤|宣愛師)

・・・・・・衆議院の解散総選挙が決まりました。テレビやSNSが政治家の顔ばかりを映し出す季節がまた始まろうとしています。皆さんの中には、「政治家の顔を見るのもごめんだ」とチャンネルを変えてしまう方もおられるでしょうか。「どうせ嘘ばっかりだ」「誰がやっても同じだ」と政治に失望しておられる方、あるいは、「私たちクリスチャンは天の御国に属する者だ。地上の政治には関わりたくない」と距離を置こうとする方もおられるかもしれません……しかし、パウロは語ります・・・・・

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使徒14:19-28「報告」(礼拝式シリーズ④|宣愛師)

・・・・・・個人的な祈りの課題を共有してくださる方もいます。「家族が体調不良です。お祈りください」という報告もあれば、「おかげさまで回復しました。お祈りありがとうございました」という報告もあります。進学や就職など、人生の大切な節目について、その悩みについて、報告をしてくださる人もいます。教会に初めて来られた方々はおそらく、この「報告」の時間に驚くでしょう。「どうしてこの人たちは、こんなにも正直に悩みを共有できるのだろうか? 家族でもない人たちに、自分の悩みや弱さを打ち明けることが恥ずかしくないのだろうか?」・・・・・

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Ⅱ歴代誌5:11-14「賛美」(礼拝式シリーズ③|宣愛師)

・・・・・・キリスト教会の二千年の歴史を振り返ると、残念ながらそれは、“分裂の歴史”だったとも言えます。聖書理解の違いで分裂した時代もあり、政治的な理由によって引き裂かれた時代もありました。しかし、最も多くの教会に痛みを残してきたのは、実は“音楽”であったかもしれません。……なぜ音楽が教会を分裂させてしまうのでしょうか? 理由は三つあります。第一に、音楽は一人ではできないものだからです・・・・・

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