2024年7月

週報コラム
No.121【「プロライフ」と「プロチョイス」】

◆11月5日の大統領選挙に向けて、アメリカでは“民主党”と“共和党”の闘いが続いています。選挙の争点は色々ありますが、そのうちの一つは、「人口妊娠中絶を禁止すべきか?」です。 ◆共和党支持者の多くは、「あなた(神)こそ… […]

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聖書の説教
ヨハネ1:12-13「望まれず生まれたとしても」(宣愛師)

・・・・・・自分は邪魔者だったのだろうか。自分は“要らない子”だったのだろうか。もっと別の子が良かったのではないか。自分がもっと親に愛されるような、愛されやすいような子どもだったら良かったのだろうか。子どもの頃に受けた傷が、大人になってもじゅくじゅくと残って、いつも不安を抱えている。親から見捨てられた経験のある子どもたち。「お前を産んだのが人生最大の失敗だった」なんて言われた子どもたち。どうすれば、自分の人生を喜ぶことができるでしょうか。どうすれば、「自分は生まれてきてよかったのだ」と心の底から信じることができるでしょうか・・・・・・

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週報コラム
No.120【弁証論⑩:異教徒のほうが道徳的では?】

◆「キリスト教国のアメリカは、異教国の日本よりも優れているにちがいない!」という内村鑑三(うちむらかんぞう)の若き日の幻想は、アメリカ留学によって見事に打ち砕かれました。そこには神の名の乱用があり(「Oh, my God […]

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聖書の説教
マルコ14:10-21「十二人の一人」(宣愛師)

・・・・・・ユダは本当に悪者だったのだろうか。実はそんなに悪い奴じゃなかったのではないか。いや、むしろユダこそが、イエス様のお考えを理解していたのではないか。そうやってユダを救ってあげたい気持ちはよく分かるんです。「実は裏切り者ではなかった」と再解釈してあげることによって、ユダを救ってあげたい。でも、そうやってユダの罪を無かったことにしてあげることが、本当にユダを救うことになるのだろうか、とも思うんです。「実は裏切り者ではなかった」「実はそんなに悪い奴じゃなかった」。そういう主張の裏には、「本当に裏切り者だったら、そんな奴は赦されるはずがない」という前提があるのだと思います・・・・・・

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週報コラム
No.119【原敬とキリスト教】

◆先週の休暇中、ようやく「原敬記念館」に行くことができました。後に盛岡みなみ教会が建つこととなる盛岡市本宮地区に生まれ、日本で初めて平民出身の総理大臣となった原敬。「勲章や爵位は好みません。墓には名前だけ書いてください」 […]

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聖書の説教
秋山善久師「十字架を負われた主」(マタイ27:27-35)

※本日は仙台のぞみ教会と盛岡みなみ教会の合同礼拝(第12回)でした。主任牧師の秋山善久先生が仙台から来てくださり、説教と聖餐式のご奉仕をしてくださいました。

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週報コラム
No.118【弁証論⑨:なぜ人は罪を犯せるのか?】

◆先週のコラムでは、「なぜ神は戦争や貧困や災害などの悪を許容するのか?」という問いを扱い、〈悪の原因は神にではなく、罪を犯す人間にある〉と論じました。しかし、「それなら神はなぜ、“罪を犯せない存在”として人間を造らなかっ […]

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聖書の説教
マルコ14:1-9「この人の記念として」(宣愛師)

・・・・・・トモヱ学園の前身となった学校は、手塚岸衛(きしえ)という教育者が創設した「自由ヶ丘学園」です。この学校も、名前の通り自由教育の理念によって創設されました。今でも東京の目黒区に「自由が丘」という地名がありますが、これは「自由ヶ丘学園」に合わせて付けられた地名だそうです。太平洋戦争の頃、「自由」という言葉は大日本帝国の思想に相応しくないとして、地名を変更するよう圧力をかけられたそうです。「自由」なんていう考え方は、お国の戦争のためには不必要だ、と。しかし、自由が丘の住民たちはこの地名を守り通した。自由ヶ丘の人々、トモヱ学園の人々は、市民の自由を奪う圧力や、子どもの自由を奪う教育に対して立ち向かったのです・・・・・・

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