使徒4:13-22「無学な普通の目撃者たち」(宣愛師)
2025年12月7日 礼拝メッセージ(佐藤宣愛師)
新約聖書『使徒の働き』4章13-22節
13 彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、また二人が無学な普通の人であるのを知って驚いた。また、二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。
14 そして、癒やされた人が二人と一緒に立っているのを見ては、返すことばもなかった。
15 彼らは二人に議場の外に出るように命じ、協議して言った。
16 「あの者たちをどうしようか。あの者たちによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムのすべての住民に知れ渡っていて、われわれはそれを否定しようもない。
17 しかし、これ以上民の間に広まらないように、今後だれにもこの名によって語ってはならない、と彼らを脅しておこう。」
18 そこで、彼らは二人を呼んで、イエスの名によって語ることも教えることも、いっさいしてはならないと命じた。
19 しかし、ペテロとヨハネは彼らに答えた。「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従うほうが、神の御前に正しいかどうか、判断してください。
20 私たちは、自分たちが見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません。」
21 そこで彼らは、二人をさらに脅したうえで釈放した。それは、皆の者がこの出来事のゆえに神をあがめていたので、人々の手前、二人を罰する術がなかったからである。
22 このしるしによって癒やされた人は、四十歳を過ぎていた。
「イエスならどうなさるだろうか」:中村哲先生の歩み
昨日の夜、夕食を食べながらテレビを見ていたら、NHKの「プロジェクトX」が始まりました。早く説教準備を終えなければと思っていましたが、クリスチャン医師の中村哲(なかむらてつ)先生の特集だったので、結局最後まで観てしまいました。パキスタンで医療活動に従事された後、大旱魃が襲ったアフガニスタンでは全長25kmの巨大な用水路をつくる大事業を開始し、砂漠を緑に変え、荒れ地を畑に変え、75万人の命を救った中村哲先生。どうしてこの時期に中村先生の特集なのかと思いましたが、中村先生がテロリストの銃撃で命を落としたのが、今から6年前の12月初旬でした。
西南学院中学校というミッションスクールに進学した中村少年は、福岡市の教会に通い始め、そこで藤井健児という牧師に出会います。藤井牧師は交通事故で両目を失明していましたが、苦労を乗り越えて神と人に仕える牧師の姿に、中村少年は心を打たれたそうです。元々は自然や生物が大好きで農学部志望だった中村少年でしたが、「藤井先生のような病の人を救う医者になる」という志を持ち、九州大学の医学部に進学します。その後、日本キリスト教海外医療協力隊から派遣されてパキスタンに赴任し、アフガニスタンで命を落とすまで、その志を全うしたのでした。
中村先生の追悼礼拝では、中学生時代の同級生だった和佐野健吾さんが弔辞を読みました。てっちゃんは人生の岐路に立った時にいつも、「イエスならどうなさるだろうか」ということを考え、それに忠実に従おうとした。そんなふうに和佐野さんは弔辞を語られたそうです。
中学生時代のイエス・キリストとの出会い、そして高校生時代の藤井牧師との出会いによって、中村先生の人生は変えられていきます。「イエスならどうなさるだろうか」―――タリバン政権が支配するアフガニスタンでは、診療所や事務所が襲撃されることも度々あったようです。しかし中村先生は現地の人々に、「裏切られても裏切り返さない」と言い続けた。「たとえ皆殺しにされるとしてもやり返すな」とまで言い切ったそうです。なぜそんなことが言えたのでしょうか。イエスさまを知っていたからだと思います。「イエスならどうなさるだろうか」―――十字架の上で、「父よ、彼らをお赦しください」と祈られた、あのイエスならどうなさるだろうか。
「無学な普通の人」だが、「イエスとともにいた」
使徒の働きの4章を開きました。13節。「彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、また二人が無学な普通の人であるのを知って驚いた。」―――ペテロとヨハネは「無学な普通の人」でした。ガリラヤ地方という田舎の湖で、網で魚を獲って生計を立てていた、ただの漁師でした。聖書の学者でもなければ、哲学の教師でもありませんでした。しかし彼らは、イエス様と出会ったのです。そして、最高法院のエリートたち、権力者たちを前にして、堂々と福音を語ったのです。生まれつき足が不自由で、四十歳になるまで歩けなかった人を、ペテロとヨハネは癒やしてしまうのです。「こいつらは一体何者だ?」と、権力者たちは驚きます。「無学な普通の人」のくせに、逮捕しても平気な顔だ。脅してもびくともしない。どうしてこんなにも堂々としていられるのか?
そして権力者たちは、ある重大な事実に気づくのです。13節の後半。「二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。」―――イエスとともにいた。そうか、こいつらはあのイエスとともにいたのか。われわれがいくら脅しをかけても動じなかったあのイエス―――正式な教育を受けていないくせに誰よりも聖書に詳しかったあのイエス―――われわれが十字架につけてもなお、「彼らをお赦しください」などとわれわれのためにお節介な祈りをささげたあのイエス。
そうか、「イエスとともにいた」ならば、われわれはこの男たちを野放しにしてはならない。それゆえ、18節。〈そこで、彼らは二人を呼んで、イエスの名によって語ることも教えることも、いっさいしてはならないと命じた。〉ところが、19節。〈しかし、ペテロとヨハネは彼らに答えた。「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従うほうが、神の御前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分たちが見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません。」〉
ペテロとヨハネが話したかったのは、自分たちで考え出した思想や哲学でもなく、教科書や自己啓発書で学んだことでもありません。彼らが話したかったのは、イエス様はどういうお方か、ということです。そして彼ら自身もまた、このイエス様について語り続ける中で、いつの間にかイエス様のような人間になっていたのです。それは、彼らのポテンシャルが高かったということではなくて、イエス様のポテンシャルです。イエス様のことを語り続けると、人はイエス様に似てくる。
無学でも、普通でも、目撃者として生きる
先々週の日曜礼拝の報告の時間に、Hくんが立ち上がって、大学を辞めることになったことと、これからの生活のために祈ってほしいということを、正直に共有してくれました。どれだけ大きな決断であったかと思います。しかし私は、この挫折の中にも神の導きがあると信じたい。大学を卒業して学位を取ることが、唯一の学びの道でしょうか。大学生活で忙しくしていた頃と違って、Hくんは礼拝に参加できるようになりました。聖書を学ぶこと、イエス様を知ることを、楽しめるようになりました。学歴を重んじる世間からすれば、「無学な」人生に落ちたように見えるのかもしれません。しかし、神様はもっと素晴らしい道に導いてくださっていると思うのです。
クリスマスが近づいています。クリスマスの喜びとは、“神が人となってこの世に来られた”という喜びです。聖書に詳しい律法学者や、神学に詳しい司祭や牧師だけが神を知っているのではない。「無学な普通の」漁師たちが、「無学な普通の」羊飼いたちが、「無学な普通の」実に多くの人々が、神ご自身と出会ったのです。神ご自身を目撃したのです。「神様ってね、こういうお方なんだよ。」「えっ、どうして君にそんなことが分かるの?」「それはね、僕たちはイエス様を知っているから!」
学歴なんてなくても、教養が足りないとしても、私たちはこのメッセージを伝えていけるのです。「神様はあなたを愛しています。神様はあなたのことを見捨てません。神様はいつだって苦しむ人、弱い人、貧しい人の味方です。だって、イエス様はそういうお方だから。」人生に悩む人、社会で排除されている人、生きづらさを抱えて絶望している人々を救うのは、私たちが紡ぎ出した思想や哲学ではありません。もちろん、大学で学ぶことも大切です。中村先生も、大学で医療を学んだからこそ救えた命がたくさんありました。しかし、もっと大切なことは、中村先生がイエス様を知っていたということだと思います。そして、「イエスならどうなさるだろうか」と問うて生きた。神様がどんなお方かを知っていたのです。これこそが本当の教養ではないでしょうか。これこそ私たちが一生をかけて学び続けるべき真理ではないでしょうか。胸を張って歩みましょう。無学でも、普通でも、人となられた神の目撃者として歩む、これが私たちの進むべき道です。お祈りをします。
祈り
私たちの父なる神様。イエス様とともにいた人々が、「見たことや聞いたことを」語り伝えてくれました。二千年前に始まったこの出会いが、教会を通して、聖書を通して、人と人との出会いを通して、今の私達にも受け継がれています。私たちもまた、教養のあるなしにかかわらず、「イエスとともにいた」人として生き、「自分たちが見たことや聞いたことを」伝える人となることができますように。そのためにまず私たちが、今一度イエス様と出会い、イエス様をしっかりと見つめる、そのような幸いなアドベントを過ごすことができますように。御名によって祈ります。アーメン。

