ヨハネの手紙 第一

聖書の説教
Ⅰヨハネ1:1-2「いのちのことば」(宣愛師)

・・・・・・今日、Kくんが洗礼を受けます。洗礼とは、“死のことば”から“いのちのことば”へ、“死のロジック”から“いのちのロジック”へ、全く新しい人生を始めるための儀式です。今日Kくんが洗礼を受けるのは、一年か二年くらい聖書を学んで、教会に通って、「もうそろそろ罪はなくなったかな」と言えるような、「自分には罪がない」と言えるような、そんな立派なクリスチャンになったからではありません。そうではなく、むしろ逆です。「自分には罪がない」と言わなければならない、思い込まなければならない、そんな“死の論理”から解放されて、自分の罪を素直に認めることのできる幸い、自分の罪を認めてもなお深い赦しと愛を頂いている幸いを知ったからこそ、Kくんは洗礼を受けるのです・・・・・

続きを読む
聖書の説教
Ⅰヨハネ3:16-20「愛が分かったのです」(宣愛師)

・・・・・・「それによって愛が分かった」というのは、とても正直な言葉だなあと思います。「それまでは、私たちには愛が分からなかった」という告白だからです。……「愛」とは何か。私たちは分かったつもりかもしれません。小説を読んだり、漫画を読んだり、映画を観たりして、「ああ、これが愛か」と分かったつもりでいる。そして、分かったつもりの「愛」という言葉で、「いつまでも君を愛しているよ」と言ってみたり、「自分は本当に愛されているんだろうか」と悩んだりする・・・・・・

続きを読む