使徒14:19-28「報告」(礼拝式シリーズ④|宣愛師)
2026年1月11日 礼拝メッセージ(佐藤宣愛師)
新約聖書『使徒の働き』14章19-28節
19 ところが、アンティオキアとイコニオンからユダヤ人たちがやって来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにした。彼らはパウロが死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
20 しかし、弟子たちがパウロを囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバとともにデルベに向かった。
21 二人はこの町で福音を宣べ伝え、多くの人々を弟子としてから、リステラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返して、
22 弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。
23 また、彼らのために教会ごとに長老たちを選び、断食して祈った後、彼らをその信じている主にゆだねた。
24 二人はピシディアを通ってパンフィリアに着き、
25 ペルゲでみことばを語ってからアタリアに下り、
26 そこから船出してアンティオキアに帰った。そこは、二人が今回成し終えた働きのために、神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。
27 そこに着くと、彼らは教会の人々を集め、神が自分たちとともに行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。
28 そして二人は、しばらくの間、弟子たちとともに過ごした。
「家族でもない人たちに」 ?
私たち盛岡みなみ教会では、日曜礼拝の途中で「報告」という時間を持っています。この「報告」は、単なる事務的な連絡の時間ではありません。「ようこそ盛岡みなみ教会へ」という歓迎の言葉から始まり、「礼拝後はティータイムと昼食があります」というお声がけがあり、「先週のクリスマス会は祝福のうちに行われました」というような感謝の報告もあり、「来週は◯◯のイベントがあります」という風に今後の予定が報告されたりもします。
その中で、個人的な祈りの課題を共有してくださる方もいます。「家族が体調不良です。お祈りください」という報告もあれば、「おかげさまで回復しました。お祈りありがとうございました」という報告もあります。進学や就職など、人生の大切な節目について、その悩みについて、報告をしてくださる人もいます。
教会に初めて来られた方々はおそらく、この「報告」の時間に驚くでしょう。「どうしてこの人たちは、こんなにも正直に悩みを共有できるのだろうか? 家族でもない人たちに、自分の悩みや弱さを打ち明けることが恥ずかしくないのだろうか?」そしてそのような驚きの中で、「教会とは神の家族である」という聖書のメッセージが、この盛岡の地でも現実となっていることを目の当たりにしていただくのです。私たちの「報告」は、教会が一つの家族であることを示す、生きた証です。
旅と報告:同じ苦しみを分かち合う
この「報告」という営みは、二千年前の初代教会の時代から大切にされ続けてきました。使徒の働き14章をお開きしています。パウロとバルナバという二人の使徒が、「第一次伝道旅行」と呼ばれる旅をしていました。その旅の終盤に、深刻な事件が起こってしまいます。19節〈ところが、アンティオキアとイコニオンからユダヤ人たちがやって来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにした。彼らはパウロが死んだものと思って、町の外に引きずり出した。〉ユダヤ人たちの妬みによって、パウロが「石打ち」という殺人刑に付されてしまうのです。
ところが、驚くべきことが起こります。20節〈しかし、弟子たちがパウロを囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバとともにデルベに向かった。〉誰もが終わりだと思ったその瞬間、パウロが奇跡的に息を吹き返した。しかもそれだけではない。パウロは立ち上がって、自分を石打ちにした人たちがいるリステラの町に戻って行ったというのです。
ここからさらに驚くべきことが起こります。リステラからデルベに向かい、福音を宣べ伝えたパウロとバルナバは、そのまま東に進んでシリアのアンティオキアに帰ることもできたはずなのに、わざわざ西に戻るのです。そして、自分たちを迫害した町々――リステラ、イコニオン、そしてピシディアのアンティオキア――へと引き返したのです。
パウロたちはなぜ、危険な町々にわざわざ戻ったのでしょうか。22節にはその答えが書かれています。〈弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。〉―――石打ちにされ、その生傷を負っているパウロの言葉だからこそ、教会の人々は真剣に受け止め、また励まされる。「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない。」この言葉は、「私たちは、多くの苦しみを通るけれども、必ず神の国に入るのだ」とも訳せます。励ましと希望の言葉なのです。
私たちも一週間の初め、毎週日曜日に礼拝をおささげし、この教会から遣わされて、それぞれの旅を始めていきます。そしてそれぞれの場所で、クリスチャンとしての苦しみを経験していく。イエス様のような誠実な生き方がしたいと願います。しかし、周りとのギャップに苦しむこともあるでしょう。仕事の進め方、人間関係の作り方、恋愛や性に関する考え方などなど、この世の価値観とイエス様の価値観がぶつかり、孤独を感じるようなこともあるでしょう。
しかし、そのような苦しみを経験したからこそ、私たちは同じ苦しみと闘っている仲間たちのところに帰って来るのです。教会の仲間たちのところに戻って来て、一週間の旅の「報告」をするのです。苦しみを経験したからこそ、仲間を励ますことができる。励まされることができる。祈り合うことができる。盛岡みなみ教会の式次第で、「報告」の後に「牧会祈祷」があるのは偶然ではありません。報告が祈りへとつながる時、教会は教会として一つになっていくのです。
報告の主語:「神が自分たちとともに」
パウロとバルナバはついに、シリアのアンティオキア教会まで帰って来ます。26節と27節〈そこから船出してアンティオキアに帰った。そこは、二人が今回成し終えた働きのために、神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。そこに着くと、彼らは教会の人々を集め、神が自分たちとともに行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。〉
パウロとバルナバにとって、アンティオキア教会は「神の恵みにゆだねられて送り出された所」でした。「神の恵みにゆだねられ」るとは、私たち人間には旅を成功させる能力がないとしても、この旅を最後まで導いてくださる神様に信頼する、ということです。
だからこそ、彼らの報告の“主語”は「神」なのです。「パウロが」「バルナバが」「自分たちが」ではなくて、「神が自分たちとともに行われたすべてのこと」。私たちの「報告」は、「自分は一週間こんなに頑張りました」という自慢ではありません。「私たちはこんなに素晴らしいイベントを成し遂げました」という自画自賛でもありません。「私はこんな風に苦しみを乗り越えた」という武勇伝でもありません。私たちの「報告」は、神の恵みへの感謝です。神様が“主語”です。
わざわざ「報告」をするようなことが思いつかない。そんな平凡な一週間もあるかもしれません。しかし、自分からあえて「報告」するようなことがないとしても、誰かの「報告」を聞いて祈ることができます。自分にとっては平凡な一週間だったとしても、教会の誰かにとっては壮絶な一週間だったかもしれません。その「報告」に耳を傾けてくれる誰かがいるだけで励まされる。
また、礼拝式の中で、皆の前に立って話すことだけが「報告」ではないでしょう。ティータイムや昼食の時間に、麦茶を飲みながら、カップ麺をすすりながら、「今週はこんなことがあった」と打ち明ける。何か奇跡的な話でなくてもいいのです。驚くようなオチがなくてもいいのです。日常的な話でも、些細な悩みでも、話してみる。すると、私たち一人ひとりの、バラバラだったはずの一週間が、一つの教会の歩みとして編み直されていくのです。来週もこの場所に集まりたいと思います。お互いの「報告」が聞けることを楽しみに、神の恵みをともに数える幸いを楽しみに、それぞれの一週間の旅を終えて、再びこの場所に集まりたいと思います。お祈りします。
祈り
私たちの父なる神さま。今日、私たちはまたそれぞれの場所へ遣わされて行きます。そこでは闘いがあり、イエス様の弟子として生きるがゆえの苦しみがあるかもしれません。しかし、その苦しみの中にも、神様がともにおられます。「私はこんなに苦しい」「私はこんなに不幸だ」ということばを超えて、「それでも神様が私とともにおられる」という信仰の告白に至ることができますように。そしてそのような信仰を分かち合うことによって、同じ苦しみを知る仲間たちを励まし、神の家族を形作ることができますように。イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

