No.194【“聞いてもらう祈り”と“聞き取る祈り”】新着!!
◆今週の礼拝説教のテーマは「牧会祈祷」ですが、そもそも“祈り”とは何でしょうか? 先月のクリスマス祝会ではマッチさんが「Pray and Take Action!(祈ったら行動に移そう!)」と励ましてくれましたが、“祈り […]
Ⅰテモテ2:1-6「牧会祈祷」(礼拝式シリーズ⑤|宣愛師)新着!!
・・・・・・衆議院の解散総選挙が決まりました。テレビやSNSが政治家の顔ばかりを映し出す季節がまた始まろうとしています。皆さんの中には、「政治家の顔を見るのもごめんだ」とチャンネルを変えてしまう方もおられるでしょうか。「どうせ嘘ばっかりだ」「誰がやっても同じだ」と政治に失望しておられる方、あるいは、「私たちクリスチャンは天の御国に属する者だ。地上の政治には関わりたくない」と距離を置こうとする方もおられるかもしれません……しかし、パウロは語ります・・・・・
No.193【 「寒いね」 と 話しかければ 】
◆氷点下の毎日に、体調を崩しがちなこの頃。盛岡の大先輩たちも「今年の盛岡は寒い!」と仰っていたので、試しに気象庁のデータを調べてみたところ、2023年1月の平均気温は「-1.4℃」で、2024年1月は「0.8℃」、202 […]
使徒14:19-28「報告」(礼拝式シリーズ④|宣愛師)
・・・・・・個人的な祈りの課題を共有してくださる方もいます。「家族が体調不良です。お祈りください」という報告もあれば、「おかげさまで回復しました。お祈りありがとうございました」という報告もあります。進学や就職など、人生の大切な節目について、その悩みについて、報告をしてくださる人もいます。教会に初めて来られた方々はおそらく、この「報告」の時間に驚くでしょう。「どうしてこの人たちは、こんなにも正直に悩みを共有できるのだろうか? 家族でもない人たちに、自分の悩みや弱さを打ち明けることが恥ずかしくないのだろうか?」・・・・・
No.192【 「弱さがつなぐキリストのからだ」 】
◆『ONEPIECE』の主人公ルフィは、「おれは剣術を使えねェんだコノヤロー!!! 航海術も持ってねェし!!! 料理も作れねェし!! ウソもつけねェ!! おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」と叫びまし […]
Ⅰコリント12:17-27「弱さがつなぐキリストのからだ」(宣愛師)
・・・・・・もし教会が、“計画通りにプログラムを進めること”を理想とするなら、じっとしていることが苦手な人たちや、衝動的に動く人たちは「困った人たち」に見えてしまうかもしれません。でも、もし教会に“計画通りに動く人”しかいないとしたらどうでしょうか。計画通りでないと許されない。計画したこと以外のことはできない。形式主義、マニュアル主義、冷たく硬直化した教会になってしまうかもしれません。そんな教会を、もっと自由でのびのびとした教会にしてくれるのが、一般的には「ほかより弱く見える」人たちなのかもしれません・・・・・
No.191【 「かぞえてみよ主の恵み」 】
◆毎年年末が近づくと、僕の頭の中には「かぞえてみよ主の恵み~♪」というメロディが流れ始めます。この一年、どんな恵みを頂いただろうか。毎週の日曜礼拝、水曜チャペル、チャーチスクール、そして“教会”という枠を越えた様々な交わ […]
ヨハネ11:38-40「信じるなら神の栄光を見る」(まなか師)
・・・・・・長年修復しようと努力してもうまくいかない家族関係。何度挑戦しても跳ね返される仕事や経済的な壁。あるいは、誰にも言えずに抱え続けてきた過去の傷や、こんな自分は変われないという無力感。私たちはそういった問題の前で立ち尽くし、「もうこれが自分の運命なのだ」とあきらめてしまうことがあります。……しかし、イエス様はこれから起こる「いのち」のわざを見ておられました。私たちが「もう手遅れだ」と思うその場所こそが、神様が働かれる舞台なのです・・・・・・
No.190【サンタさんとイエスさまの違い】
◆「クリスマスといったら?」―――子どもたちにそう尋ねると、「ケーキ!」「ツリー!」「プレゼント!」という答えとともに、「サンタさん!」という答えも返ってきます。教会で育った子どもであれば、「イエスさま!」という答えもあ […]
Ⅰヨハネ1:1-2「いのちのことば」(宣愛師)
・・・・・・今日、Kくんが洗礼を受けます。洗礼とは、“死のことば”から“いのちのことば”へ、“死のロジック”から“いのちのロジック”へ、全く新しい人生を始めるための儀式です。今日Kくんが洗礼を受けるのは、一年か二年くらい聖書を学んで、教会に通って、「もうそろそろ罪はなくなったかな」と言えるような、「自分には罪がない」と言えるような、そんな立派なクリスチャンになったからではありません。そうではなく、むしろ逆です。「自分には罪がない」と言わなければならない、思い込まなければならない、そんな“死の論理”から解放されて、自分の罪を素直に認めることのできる幸い、自分の罪を認めてもなお深い赦しと愛を頂いている幸いを知ったからこそ、Kくんは洗礼を受けるのです・・・・・






