週報コラム
No.182【使徒信条から礼拝式へ】

◆今年の2月から続けてきた 「使徒信条」 の連続説教も、今日でいよいよ最後となりました。呪文のように“唱えて”しまいがちな使徒信条ですが、全24回の説教を聞き続けた皆さんが、この信条を自分自身のことばとして“告白する”よ […]

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聖書の説教
ルカ18:28-30「とこしえのいのち」(使徒信条㉔|宣愛師)

・・・・・・『ギルガメシュ叙事詩』という物語をご存知でしょうか。世界で最も古い物語の一つと言われています。主人公のギルガメシュは偉大な王様であり、英雄でした。ところが、彼の親友が死んでしまったことをきっかけとして、彼は死の恐怖に取り憑かれてしまいます。そして、「永遠のいのち」を求めて旅を始めたのです。しかし、その旅を通して彼が知ったことは、残酷な真実でした。「永遠のいのちは神々のもの。人間が手に入れることはできない。」・・・・・

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週報コラム
No.181【「伝道懇談会」 と 「秋の研修会」】

◆月曜日から木曜日まで、「伝道懇談会」と「秋の研修会」に参加してきました。どちらも幸いな交わりと学びの時でしたが、「新しい宣教戦略を考える」と題した研修会は特に刺激的でした。諸教会の人数が減り続けている理由として、人口減 […]

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聖書の説教
Ⅰコリント15:35-44「からだのよみがえり」(使徒信条㉓|宣愛師)

・・・・・・皆さんは「こんな身体、脱ぎ捨ててしまいたい」と思ったことはないでしょうか。身体というのは厄介なものです。若くて健康な頃には元気に動いていた身体が、病気や怪我を重ねながら、段々と動かなくなっていく。肌は衰え、筋肉は弱り、腰は曲がり、苦痛に悩まされるようになる。かといって、若い人は若い人で大変です。思春期になれば、身体のあちこちが変化していきます。頼んでもいないのに形が変わったり、勝手に毛が生えてきたりして、自分の身体が自分の身体ではないように思えてくる。見た目が気になってしまって、人と比べて、自分が嫌いになっていく・・・・・

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週報コラム
※ 今週のコラムは休載です

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聖書の説教
マタイ16:14-20「罪の赦し」(使徒信条㉒|宣愛師)

・・・・・・信じるだけで赦されるということと、人を赦さなければ赦されないということは、実のところ矛盾しません。なぜなら、私たちが信じるイエス・キリストというお方は、私たちが赦したくない人を赦してしまうお方だからです。……皆さんには今、赦せない人がいるでしょうか。なぜその人のことが赦せないのでしょうか。その人はどんな人でしょうか。あなたはその人に何をされたのでしょうか。よほど嫌なことをされたのでしょう。あなたがその人を赦さないなら、神様もあなたをお赦しにならないと言われたら、あなたはその人を赦せるでしょうか・・・・・

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週報コラム
※ 今週のコラムは休載です

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聖書の説教
入江喜久雄師「教会と共に働いたキリスト」(マルコ16:14-20)

※本日の日曜礼拝では、佐賀バイブルチャーチの入江喜久雄(いりえきくお)先生が、録画を通してご奉仕くださいました。

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週報コラム
No.180【「政教分離についてどう考えたら良いでしょうか?」】

◆今年の「フェローシップ聖会」では中村敏先生をお招きし、聖書について、終末について、戦争について、憲法について、二日間ご講演いただきました。質疑応答の時間に、こんな質問がありました。「私をキリスト教に導いてくれた宣教師か […]

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聖書の説教
ヨハネ6:41-51「引き寄せてくださらなければ」(まなか師)

・・・・・・私たちの間でも、聖書に詳しい人がやっぱりすごいとか、色んな哲学や宗教の難しいことを知っている人がやっぱり偉いとか、そういう感覚があると思います。勉強熱心なことは良いことですし、学び続けることができるのは賜物ですが、「父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとに来ることはでき」ない。イエス様はそう語っておられます。偉い人も、そうでない人も、父が引き寄せてくださらなければ、イエス様のもとに行くことはできない・・・・・・

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