週報コラム
No.179【「者たち」 vs 「物たち」】

◆「僕の前世はイタリア人」と主張するKくん。「パスタを食べると故郷の景色を思い出す」とのことですが、イタリア語を話せるわけではなさそうです。ただし、イタリアと言えばローマ、ローマと言えばラテン語ですが、ラテン語なら少し勉 […]

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聖書の説教
Ⅱコリント8:1-15「聖徒の交わり」(使徒信条㉑|宣愛師)

・・・・・・あるクリスチャンの女性が、こんな風に話しておられたことを思い出します。「いつか私がいなくなって、息子が一人になってしまった時、息子と一緒に生きてくれる教会を探しているんです」―――この切実な願いに応えられる教会でありたいと思います。ともに食卓を囲める仲間がいます。いつでも悩みを相談できる仲間たちがいます。学校や仕事に行けない日があれば、平日だって教会に来れます。牧師や伝道師はもちろんのこと、助けが必要な時にはいつでも駆けつけてくれる仲間たちがここにいます。この「聖徒の交わり」がある限り、私たちは生きていけるのです・・・・・

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週報コラム
No.178【補教師研修会のご報告】

◆補教師一年目から三年目までの教師が浜名湖に集まる、補教師研修会。私は二年次として参加し、友人たちや先輩たちとの再会や、キャンプ場の美味しい食事を楽しみました。今年から夫は留守番となり、教会の皆さんからも例年以上に「気を […]

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聖書の説教
Ⅰコリント1:10-17「聖なる公同の教会」(使徒信条⑳|宣愛師)

・・・・・・しかしそれにしても、なぜわざわざ「われは教会を信ず」と告白するのでしょうか。「父なる神を信ず」「主イエス・キリストを信ず」「聖霊を信ず」ということなら分かります。しかし、なぜ「教会を信ず」と告白するのでしょうか。それは、教会を信じられない、という現実があるからではないでしょうか。皆さんはいかがでしょうか。教会を信頼できない、教会につまずいた、失望した、という経験はないでしょうか・・・・・

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週報コラム
No.177【「風は思いのままに」】

◆「霊」も「風」も「息」も、ヘブル語では同じ“ルーアハ”です。天地創造が始まった時には、「闇が大水の面の上にあり、神の霊(ルーアハ)がその水の面を動いていた」(創世記1章2節)と記されています。ノアの時代に洪水が起こり、 […]

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聖書の説教
ガラテヤ5:19-25「聖霊」(使徒信条⑲|宣愛師)

・・・・・・しかし、私たちはふと不安になるかもしれません。自分は悔い改めて、バプテスマを受けて、クリスチャンになったはずだ。でも、正直なところ自分は、聖霊を受けたという感覚を感じたことがない。聖霊を受けて、胸が高鳴るような感覚、生まれ変わったような感覚を感じたことはない。いや、クリスチャンになったばかりの頃は、多少はそういう感覚もあったかもしれないけれど、最近は全くそんな感じはしない。あれっ、自分は本当に聖霊を受けているのだろうか・・・・・

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週報コラム
No.176【東北地区KGKの夏期学校】

◆1996-2010年生まれの「Z世代」が抱える不安について、聖書の答えを求めた夏期学校。一日目は、「もう失敗できない」という不安について考えました。ある学生は、「イエス様がいるから嵐の中にでも飛びこめますと言える信仰者 […]

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聖書の説教
髙木誠一兄「イエス・キリストと出会う」(Ⅰペテロ1:8)

※本日の日曜礼拝では、髙木誠一さん(徳丸町キリスト教会員・キリスト教出版社勤務)が説教をしてくださいました。

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週報コラム
No.175【「われわれは戦争をしたくない」】

◆一昨日の“金曜ロードショー”で、『火垂るの墓』を初めて観ました。“反戦”がテーマだと勝手に想像していましたが、高畑監督自身は次のように語ったそうです。「こうした作品が反戦につながり得るかというと、私は懐疑的です。……な […]

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聖書の説教
ヨハネ6:35-40「一人も失うことなく」(まなか師)

・・・・・・皆さんは、神様がこの世界のすべてのことを決めていると思うでしょうか。もし神様がすべてを決めるなら、人間の自由はあるのでしょうか。これは、教会の中でも外でも、多くの人が疑問に思うことです。「神がすべてを決めるなら、人間に自由はないのではないか?」たしかに、今日私たちが何をするか、何を食べるか、何を着るか、すべてを神様が支配しているとしたら、つまり、私たちがすべて神様の思い通りに動いているとしたら、私たちはまるで操り人形かロボットのようです。さすがにそんなことはない、と皆さんお思いになるでしょう……では、誰が救われて、誰が救われないか。このことについてはどうやって決まるのでしょうか・・・・・・

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