週報コラム
No.169【「ただ父だけが知っておられます」】

◆1999年の著書で「大災害は2011年3月」と予言し、東日本大震災を言い当てたと話題になった漫画家が、「次に来る大災難の日は2025年7月5日」と記したことがさらなる話題を呼んでいます。「そんな予言は信じないけど、ちょ […]

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聖書の説教
マタイ27:62-66「三日目に」(使徒信条⑭|宣愛師)

・・・・・・彼らは、「三日目まで墓の番をするように」と頼みました。「わたしは三日後(三日目)によみがえる」と、イエス様が宣言していたからです。弟子たちが遺体を盗んで嘘をつき始めるかもしれないからです。「三日目まで」墓を守り切ることができれば、彼らの勝利だと言うこともできます。古い世界の勝利、新しい世界の敗北です。「三日目」が勝負の分かれ目でした・・・・・・

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週報コラム
No.168【アブラハムの子孫たち:ユダヤ・イスラム・キリスト】

◆イスラエルとイランの衝突がニュースになっています。イスラエルから見ればイランは「核兵器を開発してユダヤ人の土地を滅ぼそうとする危険国家」であり、イランから見ればイスラエルは「軍事力を用いてアラブ人の土地を奪う犯罪国家」 […]

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聖書の説教
ヨハネ6:16-21「嵐の中で」(まなか師)

・・・・・・不思議なことに、ヨハネは「イエス様が嵐をしずめてくださった」とは書いていません。マタイやマルコは「イエス様が嵐をしずめてくださった」と記しているので、イエス様の奇跡がなされたことに間違いはないのですが、でもヨハネはあえてそれを記さない。なぜでしょうか。それは、嵐がおさまったかどうかということが、ヨハネにとっては、もはやあまり重要ではないからです。むしろ、イエス様が来られたということのほうが重要なのです。嵐がどうなったかということよりも、イエス様が共にいてくださることが、ヨハネに喜びを与えた・・・・・・

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週報コラム
No.167【「ハデス」と「ゲヘナ」と「タルタロス」】

◆“死後の世界”を表わすことばとして、聖書には「ハデス」「ゲヘナ」「タルタロス」などが登場します。一つ目の「ハデス」は「よみ」と訳され、全ての死者が復活の日まで一時的に留まる地下の世界です。イエス様が降られたのも、「ゲヘ […]

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聖書の説教
Ⅰペテロ3:13-22「よみにくだり」(使徒信条⑬|宣愛師)

・・・・・・ジョット・ディ・ボンドーネ(1266-1337年)というイタリアの画家が描いた、「最後の審判」と呼ばれる壁画があります。 地獄を描いたこの壁画では、悪魔たちが様々な手段で人間たちを苦しめています。……教育効果という意味では、こういう絵画にも一定の意義があるのかもしれません。ただ私は昔から、こういう絵を観るたびに違和感を覚えていました。どうしてこの悪魔たちは、自分たちも地獄に落とされているのに、活き活きと動き回っているのだろうか。命の世界で私たちを苦しめる悪魔たちは、死後の世界でも私たちを苦しめ続けるのだろうか。結局のところ、死後の世界を支配しているのは、神様ではなく悪魔だということなのだろうか・・・・・・

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聖書の説教
ローマ6:1-11「死にて葬られ」(使徒信条⑫|宣愛師)

・・・・・・ところが私たちキリスト者自身は、バプテスマを受けたにもかかわらず、自分自身のうちに罪が残り続けていることを知っています。バプテスマを受けて、クリスチャンになったはずなのに、相変わらず怒りっぽい自分。怠け者の自分。自己中心な自分。もちろん、神様が赦してくださることは知っています。しかしだからこそ、いつの間にか神様の赦しに甘えてしまい、罪を犯し続けてしまう。神様の赦しに甘えて罪を犯し続けるけれども、「いつか神様に見捨てられてしまうのではないか」という不安もないわけではない。そんな私たちキリスト者の現実について記されているのが、本日開かれているローマ人への手紙の第6章だと言えます。まずは1節から4節をお読みします・・・・・・

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週報コラム
No.165【ブラジルまで行けなくても】

◆世界中の若手クリスチャンが集まる国際イベント(Younger Leaders Gathering)が、2027年3月16-22日にブラジルのサンパウロで開催されるそうです。英語が苦手な僕には縁がないと思っていましたが、 […]

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聖書の説教
使徒2:1-13「いろいろなことばで」(宣愛師)

・・・・・・神様がお望みになった世界は、一つの言語や民族や文化によって支配されるような、画一的な世界ではありませんでした。神様がアダムとエバにお命じになったのは、「生めよ、増えよ、地に満ちよ」(創世記1:28)というご命令でした。創世記の10章には、神様のご命令通りに、多くの民族が世界中に広がっていく様子が記録されています。しかしバベルの人々は、そのように広がった民族や文化を、「一つの話しことば」によって支配し、一つの民族の中に閉じ込めようとします。これがバベルの人々の罪であり、やがてこの地に再び現れる、大バビロン帝国の罪でした・・・・・・

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週報コラム
No.164【イスラエルと教会】

◆「イスラエル(=神と戦う)」という名が最初に与えられたのは、アブラハムの孫であるヤコブでした(創世記32:28)。このヤコブの十二人の息子たちが、イスラエル“十二部族”の族長となります。それゆえ“十二”という数は、“神 […]

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