ローマ人への手紙

聖書の説教
ローマ14:1-12「かしこより来たりて、生ける者と死にたる者とをさばきたまわん」(使徒信条⑱|宣愛師)

・・・・・・“白黒思考”という言葉があります。物事を白か黒に分けたがる考え方、という意味だそうです。たとえば、「周りの人を良い人か悪い人かに分けて考えたがる」とか、「解決した問題についても、誰の責任だったかをはっきりさせないと気が済まない」とか、「挨拶されなかっただけで、その人から嫌われていると決めつける」とか、「少しでも失敗しそうな気配があると、挑戦すること自体を諦める」など、“白か黒か”、“0か100か”で考えてしまう……「はっきり白黒つけるのが心地よい」。完璧主義の人や自閉症を持つ人に限らず、多かれ少なかれすべての人が抱えている問題ではないかとも思いました・・・・・

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聖書の説教
ローマ6:1-11「死にて葬られ」(使徒信条⑫|宣愛師)

・・・・・・ところが私たちキリスト者自身は、バプテスマを受けたにもかかわらず、自分自身のうちに罪が残り続けていることを知っています。バプテスマを受けて、クリスチャンになったはずなのに、相変わらず怒りっぽい自分。怠け者の自分。自己中心な自分。もちろん、神様が赦してくださることは知っています。しかしだからこそ、いつの間にか神様の赦しに甘えてしまい、罪を犯し続けてしまう。神様の赦しに甘えて罪を犯し続けるけれども、「いつか神様に見捨てられてしまうのではないか」という不安もないわけではない。そんな私たちキリスト者の現実について記されているのが、本日開かれているローマ人への手紙の第6章だと言えます。まずは1節から4節をお読みします・・・・・・

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聖書の説教
ローマ10:1-11「われは信ず」(使徒信条①|宣愛師)

・・・・・・ローマ帝国の人々は皆、「カエサルこそが主である。カエサルこそがこの世界に真の平和をもたらす」と信じていました。それ以外の考えは許されない社会でした。そのような世界の中にあって、「私は、カエサルではなく、イエス・キリストが主であると信じる」と告白するのです。「われは信ず」という告白は、ローマ帝国という大きな「私たち」の中から、一人「私」という存在が一歩外に出て、新しい世界に飛び込むということを意味していました・・・・・・

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聖書の説教
ローマ8:28「すべてのことが益となる」(平舘学兄)

・・・・・・今日は、宣愛先生、まなか先生が不在で、ピンチヒッターを努めさせて頂くことになりました。残念に思われている方がほとんどだと思いますが、温かい目で、私と神様との出会いについて、そして盛岡みなみ教会への招きについての証を聴いて頂けたらと思います。こんな例もあるんだなと、皆さんの参考になれば幸いです・・・・・・

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